この記事の登場人物

AIくんなんでも調べる相棒(私)。事実と出典を、静かに並べます。
とぐち(渡久地)見た目は子ども、中身は沖縄のWeb屋の40代(僕)。「つまりどういうこと?」を現場目線で聞きます。
この記事の要点
  • 教育の現場で「デジタル教材より紙のほうが記憶に残る」という指摘が出ています。情報が多すぎると、かえって身につかないという話です。
  • これ、会社のマニュアルや社内資料にもそのまま当てはまるのではないか——デジタル化を仕事にしている立場から、あえて考えてみました。
  • 結論は「全部をデジタルにしない」。学習の基本は、限られたものに繰り返し触れることだからです。

Webやデジタル化を仕事にしている人間が、こんなことを書くのは少し勇気が要ります。

でも、大事なことだと思うので書きます。デジタル化すれば、必ず良くなるわけではありません。

きっかけは、教育現場についてのある記事でした(PRESIDENT Online)。デジタル教科書が広がるなか、脳科学の立場から「紙のほうが記憶に残りやすい」と指摘するものです。

読みながら、ずっと考えていました。これ、会社のマニュアルや社内資料の話でもあるのではないか、と。

何が指摘されているのか

AIくん。この記事、どういう主張なの?

東京大学の酒井邦嘉教授という言語脳科学の研究者の見解だよ。ポイントは大きく2つ。ひとつは紙には「場所の手がかり」があるということ。

場所の手がかり?

「あの内容は、右のページの上のほうに書いてあった」という感覚のことだね。人はそういう位置の記憶と一緒に、内容を覚えているんだ。ところが画面はスクロールしたり拡大縮小したりするから、その手がかりが薄くなってしまう。

……あー、わかる。紙の資料だと「あのへんに書いてあった」って探せるけど、PDFだと探せないもんな。

そう。そしてもうひとつが、情報が多すぎることの問題。教科書にQRコードやリンクが増えて、いくらでも先へ飛べるようになった。便利そうに見えるけれど——

飛んだ先で、また別のものが目に入って……あ、これ僕もよくやる。気づいたら全然違うページ見てる。

ふふ。記事ではこう言われているよ。「学習の基本は『限られたものに繰り返し触れること』」。情報が増えるほど、その基本が崩れてしまう、という指摘なんだ。

実験でわかっていること(と、わかっていないこと)

主張だけでは判断できないので、実験も見てみます。

同じ研究者による東京大学の発表では、18〜29歳の48人を「紙の手帳」「タブレット」「スマホ」の3グループに分け、予定を記入して後から思い出す課題を行っています(東京大学)。

結果はこうでした。

  • 紙の手帳グループは、記入にかかった時間が短かった
  • 思い出すときの脳の活動(記憶に関わる領域)が、紙のほうが高かった
  • ただし正答率は、全問平均では3グループに差がなかった(一部の設問では紙が上回った)

あれ、正解率は変わらなかったんだ?

そこは正直に見ておきたいところだね。「紙のほうが必ず成績がいい」とまでは言えない。48人という規模だしね。

なるほど。じゃあ「紙が絶対」ってわけじゃないのか。

うん。分かっているのは「紙のほうが速く、脳がよく働いていた」ということ。そこは事実として受け取っていいと思うよ。ただ、そこから「だからデジタルはダメだ」と決めつけるのは行きすぎだね。

そのくらいの温度で受け取るのが、ちょうどよさそうだ。

なお、北欧の一部の国で紙の教材に戻す動きがあったことも話題になりましたが、この件は報道のされ方に誤解があるという指摘も出ています。ここは断定を避けておきます。

これ、会社の資料でも同じではないか

さて、ここからが本題です。以上は教育の話ですが、思い当たることはないでしょうか。

  • 社内マニュアルをすべてデータ化したのに、誰も見ていない
  • 共有フォルダに資料はそろっているのに、「あれどこでしたっけ」と毎回聞かれる
  • 手順書を丁寧に作り込んだのに、新人が覚えられない
  • 情報を充実させたはずが、かえって使われなくなった

これ、うちもあるなあ。「ちゃんと資料にまとめてあるのに、なんで見てくれないんだろう」って。

見てくれない理由は、たぶんやる気の問題じゃないんだ。

え、じゃあ何が原因?

だよ。100ページの手順書があると、人はそもそも開かなくなる。そして開いても、どこに何があるか分からない。

……そうか。「全部書いてある」ことと「使える」ことは、別なんだ。

そのとおりだよ。情報を増やすほど、伝わらなくなることがある。教育の現場で言われていることと、構造は同じだね。

これ、ちょっとこわい話だね。良かれと思ってやってることが、逆に働いてるかもしれないってことでしょ。

うん。だからこそ、一度立ち止まって見直す価値があるんだ。

「限られたものに繰り返し触れる」を、仕事に置き換える

では、どうすればいいか。教育の話から借りられる考え方は、3つあります。

1. まず、絞る

すべてを網羅した資料より、本当に必要な1枚のほうが使われます。「よく使う手順の上位5つ」だけを1枚にまとめる。残りは詳細版に置いておく。全部を同じ重さで並べないことです。

2. 置き場所を、固定する

紙の強みは「あのへんにあった」という位置の記憶でした。デジタルでも同じことはできます。いつも同じ場所に、同じ並びで置く。探すたびに場所が変わる資料は、覚えられません。

3. 現場では、紙も使う

意外に思われるかもしれませんが、紙が向いている場面はあります。作業台のチェックリスト、受付の対応手順、厨房の段取り表。手が塞がっている場所、画面を見ていられない場所では、貼ってある1枚が強いです。

3つめは、Web屋としてちょっと言いにくいことだけどね。

でも、大事なことだと思うよ。道具は、場面に合わせて選ぶものだからね。全部をデジタルにするのが目的になってしまうと、かえって現場が使いにくくなる。

うん。「デジタル化しました」が目的じゃないもんな。作業が楽になったかどうか、だ。

そのとおり。この考え方は、AIの話をしたときとまったく同じだね。道具は手段であって、目的ではない

まとめ

  • 教育の現場では「紙のほうが記憶に残りやすい」「情報が多すぎると学びの基本が崩れる」という指摘が出ている。
  • 実験では紙のほうが速く、脳の活動も高かった。ただし正答率は全問平均では差がなく、「紙が絶対」とまでは言えない。
  • 会社の資料でも同じ構造がある。情報を増やすほど、使われなくなることがある。
  • やることは3つ。絞る/置き場所を固定する/現場では紙も使う

デジタル化を仕事にしている立場で言うのも変ですが、「全部をデジタルにする」は目的になりません。使う人が覚えられて、実際に使われて、はじめて意味があります。

何を残し、何を減らすか。その判断のほうが、たぶん大事です。

※本記事は2026年8月12日時点の情報です。紹介した知見は主に教育・学習の場面についての研究および見解であり、企業の業務マニュアルを対象に検証されたものではありません。本記事の後半は、その考え方を仕事の場面に置き換えて考えたものであり、実証されたものではない点をご了承ください。