この記事の登場人物

AIくんなんでも調べる相棒(私)。事実と出典を、静かに並べます。
とぐち(渡久地)見た目は子ども、中身は沖縄のWeb屋の40代(僕)。「つまりどういうこと?」を現場目線で聞きます。
この記事の要点
  • 経済産業省は、DXを3つの段階に分けています。①アナログをデジタルにする ②業務プロセスをデジタルにする ③顧客起点で事業やビジネスモデルを変える。
  • この物差しで採点すると、世の中で「DX」と呼ばれている取り組みの多くは、①か②です。つまり、DXではありません。
  • 今日は心構えの話をしません。自分の取り組みが何段目なのか、10のケースで実際に採点します。

「DXしないと、うちは取り残される」

そう言われて、何かを始めた会社は多いと思います。紙をやめた。クラウドを入れた。AIを使い始めた。

そして、こう思ったことはないでしょうか。「これ、DXって呼んでいいのかな」と。

この問いには、実は公的な物差しがあります。国が定義を出しているのです。今日はその物差しを持ってきて、身近な10のケースを実際に採点します。

先に断っておきます。この記事は、心構えの話をしません。「意識を変えよう」とも「小さく始めよう」とも書きません。ただ、名前を正しく呼ぶ。それだけの記事です。

まず、物差しを手に入れる

経済産業省は、デジタル化の進み方を3つの段階として整理しています。言葉はカタカナで硬いのですが、中身は単純です。

  • ①デジタイゼーション:アナログ・物理データのデジタルデータ化
  • ②デジタライゼーション:個別の業務・製造プロセスのデジタル化
  • ③デジタルトランスフォーメーション(DX):組織横断/全体の業務・製造プロセスのデジタル化、「顧客起点の価値創出」のための事業やビジネスモデルの変革

経済産業省近畿経済産業局「DXに関する経済産業省の施策紹介」令和5年3月より引用)

やさしく言い直します。①は「形を変える」。紙をデータにする。②は「やり方を変える」。作業の手順そのものをデジタルに置き換える。③は「何を売るか、誰に何を届けるかを変える」

そしてDXの正式な定義も、同じく経産省が示しています。少し長いですが、大事なので引用します。

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること

注目したいのは「顧客や社会のニーズを基に」「ビジネスモデルを変革」という部分です。ここが入っていないものは、定義上、DXとは呼びにくい。

10のケースを、実際に採点する

物差しが手に入ったので、採点します。どれも、まちの会社で実際に起きていることです。

ケース1:紙の請求書をスキャンしてPDFで保存するようにした
①デジタイゼーション。紙という物理データを、デジタルデータに変えた。形が変わっただけで、請求の手順は変わっていません。

ケース2:手書きの日報を、スプレッドシート入力に変えた
①デジタイゼーション。同じく、記録の形が変わっただけです。

ケース3:会議の録音をAIで文字起こしし、要約させている
①デジタイゼーション。AIを使っているので高度に見えますが、音声をテキストにしただけ。ツールが新しいかどうかは、段階と関係ありません

ケース4:見積書の作成をAIに手伝わせ、自分の作業時間を半分にした
②デジタライゼーション(ただし個人の範囲)。見積作成という業務プロセスの一部が、デジタルに置き換わっています。

ケース5:勤怠の打刻をアプリにして、集計まで自動になった
②デジタライゼーション。打刻から集計までの流れが変わりました。

ケース6:請求から入金確認までをクラウドでつなぎ、経理の締め作業をなくした
②デジタライゼーション。複数の作業がつながった点で、②の中では深いところにいます。組織をまたいで設計し直したなら、③の入口にかかります。

ケース7:問い合わせ対応をチャットボットにして、顧客が24時間自分で解決できるようにした
③の入口。ここで初めて顧客側の体験が変わりました。「電話が通じる時間まで待つ」必要がなくなっています。

ケース8:問い合わせのログを分析し、そもそも分かりにくかった商品説明を書き直して、問い合わせ自体を減らした
③DX。顧客の困りごとを起点に、商品の伝え方そのものを変えています。しかも「対応を速くする」ではなく「対応を不要にする」という発想の転換が起きています。

ケース9:職人の作業を動画にして、新人が自分で見て学べるようにし、教育期間を短縮した
②〜③。動画化だけなら②ですが、「先輩が横について教える」という育て方そのものを変えたなら、③に近づきます。

ケース10:店頭だけで売っていた商品を、ECで県外・海外に売り始めた
③DX。誰に売るか、どう届けるかが変わった。ビジネスモデルの変革にあたります。

AIくん、これ採点してみて思ったんだけど……うちがやってることって、ほとんど1と2じゃない?

多くの会社がそうだと思うよ。特にケース3は要注意でね。AIを使っている=DXと考えてしまう人がとても多い。

でも待って。AIって最先端の技術でしょ。それを使ってるのに1段目って、なんか納得いかないな。

気持ちは分かる。でも定義をもう一度見てほしいんだ。3段目の条件は「顧客起点の価値創出」と「ビジネスモデルの変革」。ここに「新しい技術を使うこと」とは一言も書かれていない

……逆に言うと、技術が古くても3段目はありうるってこと?

そのとおり。極端な話、紙とファックスのままでも、顧客への売り方を根本から変えたなら、それは変革だよ。段階を決めるのは道具の新しさではなく、変化がどこまで届いたかなんだ。

採点のいちばん大事なルール

ここが今日の記事で、いちばんお伝えしたいところです。

同じツールを使っていても、段階は変わります。

議事録の要約を例にします。

  • 自分の議事録づくりが楽になった → (自分の作業の形が変わっただけ)
  • やり方を手順書にして、チームの誰でも同じ品質でできるようにした → (業務プロセスが変わった)
  • 要約から顧客の要望を拾い、商品やサービスを実際に変えた → (顧客起点の価値創出)

ツールは同じChatGPTです。変わったのは、その変化が誰のところまで届いたかだけ。

だから「何のツールを入れたか」を聞いても、段階は分かりません。聞くべきは「それで、誰の何が変わったか」です。

では、①や②では駄目なのか

ここまで読んで、こう感じた方がいるかもしれません。「じゃあ、うちのやってることはDXじゃなかったのか」と。

はっきり書きます。それで、まったく問題ありません。

理由は、定義そのものの中にあります。この3つは並列の選択肢ではなく、段階です。①を飛ばして③に行くことはできません。紙のままのデータは分析できないし、手順が定まっていない仕事は、組織に広げようがない。

①や②にいることは、遅れているのではなく、通っている途中です。

むしろ、小さな会社ほど①と②で得られるものは大きい。人が少ない現場で、締め作業が丸ごと消えるのは、それだけで実利です。売上が増えなくても、続けられる時間が増えます。

……でもさ、それって結局「今のままでいい」って言ってない? 僕はそこは違うと思うんだよ。

どういうこと?

だって、①や②で満足していいなら、この記事、何のために採点したの? 採点する意味がなくなっちゃう。

……たしかに、そこは僕の説明が足りなかった。訂正するよ。「①でいい」と「①だと知らないままでいい」は、まったく別の話だ。

あ、そこか。

問題は段階の低さじゃない。①をやっているのに、③をやっているつもりでいることなんだ。

名前を間違えると、何を間違えるか

ここが、採点する理由です。名前を取り違えると、その次に打つ手を間違えます

1. 期待する成果を間違える

紙をPDFにしただけ(①)なのに「DXをやったのに売上が変わらない」と言う会社があります。当然です。①は売上を増やす仕組みではありません。保管と検索を楽にする仕組みです。成果の測り方が最初からずれています。

2. 「失敗した」と誤って結論づける

これがいちばん怖い。①を③だと思って始めると、結果が出ないので「うちにDXは無理だった」となります。実際には失敗していません。一段目を、正しく登っただけなのに。そしてこの誤解は、次の一歩を止めてしまいます。

3. お金と人のかけどころを間違える

③をやるつもりなら、ツールを買うだけでは届きません。定義に「組織、プロセス、企業文化・風土を変革し」とある以上、人と仕事の設計に手を入れる話になります。逆に①でいいなら、高い仕組みは要りません。どちらを狙うかで、かけるべきものが変わります

まとめ

  • 経産省はデジタル化を3段階で整理している。①アナログのデジタル化 ②業務プロセスのデジタル化 ③顧客起点での事業・ビジネスモデルの変革。
  • DXの定義には「顧客や社会のニーズを基に」「ビジネスモデルを変革」が含まれる。ここが無いものは、定義上DXとは呼びにくい。
  • 身近な取り組みを採点すると、その多くは①か②にあたる。AIを使っていても①のことがある。
  • 段階を決めるのは道具の新しさではなく、変化が誰まで届いたか。同じツールでも段階は変わる。
  • ①や②にいることは遅れではなく通過点。問題なのは、①を③だと思い込むこと。
  • 名前を間違えると、成果の測り方・投資先・結論を間違える。

自分の取り組みをDXと呼べるかどうかで、悩む必要はありません。いま何段目にいるかを、正確に言えればいいのです。

「うちは、まだ一段目です」と言える会社は、二段目があることを知っています。「うちはDXをやっています」と言い切ってしまった会社には、その先がありません。もう頂上にいることになってしまうからです。

名前は、背伸びするためのものではなく、現在地を示すためにあります。地図の上で自分がどこにいるか分かっていれば、進む方向は自分で選べます。

※本記事は2026年8月18日時点の情報です。3段階の区分およびDXの定義は、経済産業省近畿経済産業局の公表資料(令和5年3月)に掲載された文言を引用しました。同資料内でDXの定義は経済産業省「デジタルガバナンス・コード2.0」(令和4年9月改訂)を出典としています。デジタルガバナンス・コードはその後改訂されているため、最新の記載は経済産業省の公表ページをご確認ください。本文中の10ケースの段階判定は、上記の定義に照らした筆者の解釈であり、公的に認定された分類ではありません。同じ取り組みでも、実施の範囲や目的によって判定は変わります。