この記事の登場人物

AIくんなんでも調べる相棒(私)。事実と出典を、静かに並べます。
とぐち(渡久地)見た目は子ども、中身は沖縄のWeb屋の40代(僕)。「つまりどういうこと?」を現場目線で聞きます。
この記事の要点
  • DXに取り組む中小企業は18.5%、検討中を含めて42.0%。課題の上位は「人材不足」と「予算」でした。
  • でも実際に現場で詰まるのは、調査の選択肢には出てこない「言い出せない空気」ではないかと感じています。
  • AIやDX以前の話ですが、いちばん大事かもしれません。心理的安全性の話をします。

「AIを入れたけど、誰も使っていない」「業務改善の会議をしたのに、意見が出ない」。

こういう相談を受けることがあります。そして話を聞いていくと、たいてい問題はツールの側にありません。もっと手前——人が、思ったことを言える状態になっているかどうかのところで止まっているのです。

AIやDXの話をする前に、今日はその「手前」の話をしたいと思います。

データが示す課題は、人材と予算

AIくん。中小企業でDXって、実際どれくらい進んでるの?

中小機構の調査だと、すでに取り組んでいる企業が18.5%、検討中が23.5%で、合わせて42.0%だよ。前回調査から10.8ポイント増えていて、関心そのものは確実に高まっているね(中小企業基盤整備機構)。

へえ、思ったより増えてるんだ。じゃあ、うまくいってるの?

そこも数字があるよ。取り組んだ企業のうち81.6%が「成果が出ている」または「ある程度出ている」と答えている。始めた企業の多くは、手応えを感じているんだ。

それはいい話だね。じゃあ、進まない会社は何に困ってるんだろう。

調査で挙がった課題の上位はこうだよ。「ITに関わる人材が足りない」25.4%、「DX推進に関わる人材が足りない」24.8%、「予算の確保が難しい」24.5%、「具体的な効果や成果が見えない」21.2%。「何から始めてよいかわからない」は12.7%だね。

人材と、お金と、効果が見えないこと……うん、どれもわかる。実際そのとおりだと思う。

でも、詰まっているのは本当にそこだけだろうか

……ただね、AIくん。僕が現場で見てきた感じだと、もうひとつ別の壁がある気がするんだ。

どんな壁だろう。聞かせて。

うまく言えないんだけど……「言い出せない」っていうか。たとえば会議で「この作業、正直むだだと思います」って言える会社と、言えない会社があるんだよ。同じくらいの規模でも。

……なるほど。それは大事なところに気づいたね。

これって、人材不足でも予算不足でもないよね。アンケートの選択肢にも、たぶん無いやつ。

そのとおりだよ。実はね、その「言い出せる/言い出せない」には、ちゃんと名前がついているんだ。心理的安全性という考え方だよ。

心理的安全性とは何か

心理的安全性は、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱した考え方で、こう定義されています。

「チームのメンバーが、リスクを冒し、自分の考えや懸念を表明し、疑問を口にし、間違いを認めてもよく、そのいずれをもネガティブな結果を恐れずにできると信じていること」DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー

かんたんに言えば、「率直に言っても、大丈夫だと思える状態」ということです。

それって、ただの「仲良し」とか「ぬるい職場」とは違うの?

違うんだ。むしろ逆でね。仲がいいから何も言わない、というのは心理的安全性が高いとは言わない。言いにくいことも言えるから意味があるんだよ。

なるほど、「もめない」じゃなくて「もめても大丈夫」ってことか。

いい言い換えだね。まさにそういうことだよ。

これ、なんだか有名な考え方なの?

うん。Googleが2012年から180のチームを調べた「プロジェクト・アリストテレス」という研究があってね。優秀な人がいるかどうかより、メンバーがどう協力し合うかが成果を左右すると分かった。そして効果的なチームの条件のいちばん土台にあったのが心理的安全性だったんだ(解説記事)。

心理的安全性が低いと、何が起きるか

心理的安全性が低い職場では、次の「4つの不安」が生まれるとされています(解説記事)。これを、AIやDXの現場に当てはめてみると、かなり生々しい話になります。

  • 無知だと思われる不安 … 「使い方がわからない」と言えない。分からないまま、なんとなく使わなくなる。
  • 無能だと思われる不安 … 失敗を隠す。ツールを入れてうまくいかなくても、報告が上がってこない。
  • 邪魔をしていると思われる不安 … 「この作業、そもそも要りますか」と言えない。むだな業務が、そのままシステム化される。
  • ネガティブだと思われる不安 … 「この画面、使いにくいです」と言えない。改善されないまま、誰も使わなくなる。

……これ、こわいな。ぜんぶ心当たりがある。

特に3つめが、DXでは大きいと思うよ。「そもそもこの作業は必要か」を問い直せないまま自動化すると、むだな仕事を、速く正確にやるだけの仕組みができあがってしまう。

あー……お金かけて、むだを効率化しちゃうのか。それはつらい。

うん。だからね、ツールを選ぶ前に「その作業、要りますか」と誰かが言える状態かどうか。そこが実は分かれ目なんだ。

人を責めるのではなく、課題に向き合う

では、どうすればいいのか。むずかしい理屈より先に、ひとつだけ確認したいことがあります。

問題が起きたとき、「誰のせいか」を探していないかということです。

犯人探し、あるあるだね。「誰がミスした?」って空気になるやつ。

そうなると、次から人はミスを隠すようになる。隠されると、改善のもとになる情報が集まらなくなる。責めるほど、直せなくなるんだ。

悪循環だ……。じゃあ、どうすればいいの?

「人」ではなく「課題」を真ん中に置くこと。私たちは責め合う相手ではなく、同じ課題に向かう仲間なんだ、という前提を先に共有する。それだけで、会議の空気は変わるよ。

なるほどな。「あなたが悪い」じゃなくて「この仕組みのどこが詰まってるか、一緒に見よう」か。

うん。それが心理的安全性の、いちばん実践的な入り口だと思うよ。

最初は、ひとりでいい

でもさ、AIくん。「うちの会社の空気を変えよう」って、正直めちゃくちゃ大変だよ。社長でもない立場だと、なおさら。

そうだね。会社全体を一度に変えようとすると、たいてい息切れしてしまう。だから順番があるんだ。まず自分。次に自分の職場。そこから他部署へ。最後に会社全体へ

順番があるのか。

うん。そして最初の一歩はひとりでいいんだよ。自分が変わって、「こんなふうに働けたらいいよね」を分かりやすく伝える。それに共感してくれる人がひとりできたら、それがもう始まりなんだ。

……ひとりでいいのか。ちょっと気が楽になったな。

全員を説得しなくていい。ひとりでいい。そこからしか広がらない、とも言えるからね。

これ、前にAIくんと話した「まずひとつの作業から」って話と、なんだか似てるね。

よく気づいたね。同じ考え方だよ。大きく構えず、小さく確実に始める。道具の話でも、人の話でも、そこは変わらないんだ。

まとめ

  • DXに取り組む中小企業は18.5%、検討中を含めて42.0%。取り組んだ企業の81.6%が成果を実感している。
  • 調査で挙がる課題は人材不足・予算・効果が見えない。ただ、現場ではもうひとつ「言い出せない空気」という壁がある。
  • 心理的安全性が低いと4つの不安が生まれ、「わからない」「うまくいっていない」「そもそも要らないのでは」が言えなくなる。
  • まずは人を責めず、課題に向き合うこと。そして最初のひとりの共感者をつくるところから。

AIやDXの前に、こんな話?と思われるかもしれません。でも、どんなに良い道具を入れても、それを使うのは人です。「これ、使いにくいです」と言える職場と、言えない職場では、同じツールを入れても結果がまるで変わってきます。

ツールの選定は、そのあとでも遅くありません。

※本記事は2026年8月7日時点の情報です。DX推進の数値は中小企業基盤整備機構の調査(2024年)によります。心理的安全性の定義および「4つの不安」、Googleの調査に関する記述は、公開されている解説記事を参照しています。原典にあたる場合は、エイミー・エドモンドソンの著作およびGoogle re:Workの公開資料をご確認ください。